安心感というものは、「絶対にそうならない」というどこか完璧を目指した 偏った思考になることではなく、 「そうなることもある」という、オールマイティーな思考の基で取り組めること。 例えば、 「夜が怖くて眠れない。夜になると不安が押し寄せてきて安眠できない」とする。 そんな状態の時の安心感とは、全く怖くなくなることでも、怖い夢を一切見ないようになることでもなく、「怖くなくなる」という発想から抜け出て、「怖くなっても元に戻れる」ということを信じられることにある。

分かりやすい例でいうと、「彼氏ができて夜が怖くなくなった」という経験はおありだろうか? それは怖さがなくなったのではなくて、怖くて目が覚めても彼がなだめたりしてくれることで、その恐怖から素早く引き返せる、怖がる自分を出せることで、その怖さを済ませることができる、怖さを通り抜け、戻ってこれるという安心があるのです。 つまりは、自分は何もしていないようでも、側にいてくれる彼氏という存在を 上手く使えているのですね。 結果的に、「喩え怖い夢を見ても大丈夫という安心感が得られている」ということなのです。

このカラクリが理解できると、彼氏という存在なくとも、安心感はあなたの手の内に掴めるということになります。 怖くなったらどうしよう に縛られず、怖くなっても大丈夫 という発想こそが安心感の源。 これなら誰にでも手に入れられるものですから。

怖い ⇒ 怖いまんまの自分 ⇒ 怖くならない自分になろう
ではなく、
怖い ⇒ ああ 怖い怖い ⇒ 怖かった
と過去形となれる。

これは、他のことにも当てはまります。 明日の試験、明日仕事に行くの嫌だなあ… と不安や恐怖心に襲われるとき、 怖がらないようにするのではなく、怖いまんま行こう。 つまりは、なんのことはない、怖いということは変わらない。 安心感を手に入れるには、先ず 怖さを認め拒否らないこと、それが、怖さから逃げないということでもあります。