困っている人を助けてくれる足長おじさんに援助者が現れないのは、 彼がプレゼンター(提供者)だからです。 理由はどうあれ、その人がプレゼンターである限り、 周囲は、そうとしか見ない。 援助されたければ、そう(援助されたいと)見られる必要があるのです。

足長おじさんが、実は、自分の寂しさや悲しみを紛らす為でも、 相手の気持ちや状況を慮れる人であるほど、 自分側の気持ち、自分の状況を隠す事に長けています。 相手への配慮、気配りから、 努めて自然に、或いは当然に振舞うでしょう。 サンタクロースのように、 どこからみても無理を感じさせない雰囲気を装うでしょう。

いつかは自分にも現れるんじゃないかと思いながら、 親切丁寧に振舞えば振舞うほど、 相手からは、そういう人だとしか感じられません。 ありがとうと感謝され、 一時の喜びに包まれても、自分の孤独感は満たされません。

プレゼンターが趣味であるなら、 自己満足であるなら、大いに結構。 しかし、いつか自分も満たされたいと願うなら、大変なご苦労でしょう。 足長おじさんがプレゼンターであることを自覚していないと、不全感が生まれます。 プレゼンター(提供者)が要求したら、それは、おかしい、となるのです。 プレゼンター(提供者)が提供しなければ、これまた、おかしい、となるのです。 すでに条件つきの人間関係に陥っているのです。

要するに、「相談役」というカードを掲げている人が、「相談者」のカードを出しても、 「相談者」のカードしか持ち合わせていない人から、「相談役」のカードは 出ないのですよ。 足長おじさんにプレゼントはありません。あっても、感謝状くらいでしょう。

もし、自分へのプレゼンターをお探しなら、 その足長おじさんを、自分に向けて下さい。 せめて、サンタクロースならクリスマス。 サンタクロースに期待するのは、年に1度のクリスマス、 そういうもんだと解っているからね。 いや、それでも、かったるいけどね。