以前テレビで、野球のイチローさんがこんなことを言っていた。 「飛んできたボールを捕る場合、普通は、球をよく見てしっかりと捕れるように 練習していくでしょう。しかし、いつでも必ず捕れる訳ではない、何かのアクシデントや、 見ていられない事って絶対にある。必ず見て捕ろうとするより、僕はどちらかというと 見ないでも捕れるような訓練をするんです。」というような内容だった。

イチローさんもおっしゃるように、いつでも完璧に捕る事ってできないのです。 目を離してしまったり見ていられないことがある、彼はそういう道理を知っている。 だからその為に、どうしようかと考えていったら、そういう練習方法になったということ。 不自然な観念から抜け出れば、自然な道理が見えてくるということです。

例えば、こういうことです。 気になってしまうことを、気にしないように努力することは不自然。 ふと気になることには必ず理由がある。 その理由を無視して気にならない自分になろうとしても無理。 要するに、気にしない という安易な考えは不自然であり、 それでは解決しないということに気づくこと。それを認め、自然に考えること。

するとそこから先が見えてくる、始まれるということです。 例えば、どうしても気になってしまう相手に平静を装うのは不自然です。 眠いのに起きていたり、眠くないのに寝ようとするのは不自然です。 辛いのを我慢したり、期待に応える為に頑張ったら、苦しくなるのは当然です。 それに気づくと、現状につじつまが合います、今の自分が腑に落ちます。 この世の中、道理に合えば、自然であれば、納得ができます。