カウンセリングでは、ひたすら自分を直視していく作業の繰り返しです。 ですが皆さん、自分の本性というものは、案外、うすうすではありますが、気がついているものです。 しかしながら、うすうす気がついているというものの、それを意識上にはっきりとさせていくことに躊躇があるのは、自分の本性を認めるのが怖いのではなく、本当の自分を認めてしまったら、そういう自分は誰からも相手にされないのではないか、 誰とも関われなくなるのではないかという不安が、現実のものとなってしまうのではないかという恐怖があるからです。

自分の本性が、いかに激しく、いかに頑固で、いかに鋭く、 いかに拘ってしまうのかを知っていて、そういう自分を一番裁いていて、一番ビビッているのが自分です。 自分の本性に自分が怯えているので、そこから動くなんて到底できないのです。 素の自分で生きる不安より、周囲を優先させ自分が不自由でいることの方が、安全なのです。 素の反応を打ち消す為に自分を見張り、周囲に紛れることの方が、安心なのです。 アタマではね。

しかしみなさん、心の奥底では案外、というよりは当然、自分の本性は、嫌いではありません。 嫌いなら、自分を悪だとか劣だとか本気で思っているなら、当の昔に変わっています。 努力不足なんかじゃないことは、ご自分の本性が一番知っている筈です。 どこまで行っても、自分からは逃げられません。 自分の影からは、到底、逃れられません。 この世に地獄があるとすれば、それは自分の心の中にです。

自由でいるには、不安に苛まれる自分との同居を許すことになります。 それは、不安でいるのは嫌だけど、不安になるのはダメじゃないと理解できることです。 自分が勝手に感じてしまう気持ちに対して、「そうだ。」と自分に対してきっぱり言い切れることです。 ただ正直に、ただ自分の気持ちを「そうだ。」と言うためには、その気持ちの裏づけを取っていくこと、即ち、ひたすら自分を直視していくことです。 自分は自分にしかなれない。 自分になることでしか納得できない。