虐待 ~保護を求めて~(2)

5 警察署

私達3人は、警察へ出かけた。 今までの経緯を綴った紙と、彼の全荷物を抱えて。 警察に行くことを選んだのには色んな理由がある。 ひとつは、親が家出人捜索願いを出したことで、 表舞台?で対話するため。 ふたつめは、児童相談所に行くことも思案したのだが、 ここは県外でもあり、話がややこしくなるだろうと思ったのと、 ちょうど明日からの3連休で作動しなくなる児童相談所に、 不安を感じたからだ。

…さて 私と夫、そして彼の3人が警察に到着、話が始まった。 事の次第を話し始めると、案の定、担当警官は、 前代未聞の厄介な話題に苦渋の顔をしながらも、 根気よく聞いてくれていた。 当初は、彼のしどろもどろな話しっぷりに痺れを切らし、 問い詰めたり否定される場面があったのだが、 私達の一歩も引かない態度に、ようやく 理解を示し始めていただけた。

当然、親への連絡をはじめ、思惑通り、 警察から児童相談所へ連絡してもらえることになったが、 ここからが本番。 以後、7時間に渡り、 狭い、取調べ室にも使われている部屋での攻防が始まった。

ここだけの話… どうやら、警察と児童相談所とは、仲があんまりよろしくないらしい… おっと…そんなことを言ってはいけない。 うちの地域の警察は、うちの地域の児童相談所にきちんと事情を話し、 事案として引き受けてくれるように何回も言って下さったのに対し、 うちの地域の児童相談所が、彼の住む地域が管轄外だのと、 引き受けてくださらない。 いえ、正確に言えば、児童相談所も、彼の地域の児童相談所と連絡を取り、 どんなケースなのか聞いている。

でも、でも、鵜呑みなだけである。 「必要ないですよ。」と言われて、「そうですか、わかりました。」で、 おしまいな訳。 まあね、確かに確かに、警察同士も、児童相談所同士も、 地域が違えばやり方も違う、 でも、そんなこたぁ 利用者には関係ないわね。 そこんとこ、マニュアル役人に対抗するには、法律で行くしかない。 と、警察の担当者も、色んな角度から児童相談所と掛け合って下さったが、 児童相談所の見解を覆すには至らなかった。

相談し始めて5時間が過ぎて、夕食の時間は当に過ぎていた。 児童相談所に引き受けてもらえないということは、家に帰るしかないということ。 しかし、ここで、電話の向こうの親の反応もお見事と言うほどのもの。 「子供が帰りたくないのであれば、カウンセラーさんのところで、 しばらく滞在させていただいた方が子供のためになると思います。」 ………はっ??? ………!!!

何故、児童相談所に認めさせたいのかというと、 彼の場合は、彼自身が、親元での生活に限界を感じていた為に、 これから自分がどう生きていくのかを思案するための、 …例えば、 施設などでの生活が適切なのか、 自立して住み込みなどで働くのがいいのか、 そういう選択を落ち着いてできる、 然るべき援助や、安全な環境が欲しいのだ。 だからこそ、虐待の事実が認められることが大事なのです。

しかし、児童相談所が受け付けようとしない現時点での 彼の選択肢は少ない。 親が迎えに来て、家に帰るか… 今すぐに、住み込み先を探して働くか… ただ、誰にも守られてこず、特異な体験漬けの中に居た彼が、 世間の中で、たった独りぼっちで生きていくにはしんどいだろうな。 我が家にほんの暫く居たところで、私達の自己満足になるに過ぎない。 私のすることは、カウンセラーとして事実を突きつけ、 己の人生を選択さすこと。 やはり最終的には、『自分がどう生きるか』 でしかないのだ…

7時間が経過し、いまだ警察署内、 真夜中にさしかかる前、彼の出した結論。 …親が迎えに来る前に住み込みで働けるところを見つける… …と、いうことで、 次の日に親が迎えに来るということを取り決め、 それまでに ‘住み込み先’ を探すことに付き合うこととなったのだ… 当然のごとく、その日の宿は、またまた我が家。 ハラペコのお腹だけは、うちの近くのバーミヤンで満腹にし、 それによって加速された疲労と眠気と戦いながら、パソコンでの職探しから。

といったって、現実問題、親の承諾がなけりゃ、住み込みも就職も 受け入れ先など無いに等しい。 ま…ね、 簡単な話でないことは承知の上でね、 …ええ、お付き合いしまっせ!   …とことん、行きますよ! …と、意気込みはあっても現実は甘くない。 やはりこのまま家に戻るのか… 親との対峙を目の前に、私達ができること。

・「親に対しての要望書」を作成し、警察と私達カウンセラーの前で、 彼自身が口火を切り、出来るだけ受け入れさせること。
・家に帰ってから、親に覆されないよう、 ボイスレコーダーに録音(内密に!)すること。

…夕方、約束の時間。 私達3人は、また、昨日の警察のあの部屋へ向かっていった。 避けては通れない親との対峙が、このタイミングで始まることとなる。

6 父親

「いやぁ~ お世話になり、ありがとうございました~。」 父親の第一声である。 いかにも低姿勢な感じで、しかも、かなりの大声で、 だけれど、彼の言っていたとおり、 顔は笑っていても目は笑っていない。…怖っ!!

私達の到着前に、父親がひとり、警察署で昨日の流れの説明を受けていた。 警官から私達に、父親は、 「そういう(虐待の)事実などない」 と言っている と報告された。 あくまでも、取調べではないので、仕方ない。

さて…  始めますか。 先ずは私が口火を切り、彼がうちに来た経緯から。 カウンセラーとして、これが虐待だと見なしていること。 それから、(虐待を)するほう、されるほうの気持ち、言い分に 善悪はないと考えていること。 そのうえで、 彼の怯えは尋常でなく、この状態と状況に対して 誤魔化しやすり替えをせずに対話したいこと などを話した。

彼は、うつむいたままである。 やはり、親を目の前に、相当な恐怖心を抱いている。 そして時折、穏やかに会話する私に、不安そうな眼差しを向けてくる… 父親は、彼に会っても直接会話を交わそうとはせず、 始めに私達に向けてこう言った。 「子供の言うことは大袈裟であり、大したことではない。」

……ん??   ……まぁ ……想定内… いいでしょう。

「では、私達が彼から聞いた内容を記した紙をご覧下さい。」 仕方なく父親は、その文章に目を通し始めた。

目を通し終えた父親に、私の口からもう一度詳しく、そしてはっきりと伝える。 数年前からの経緯。 …首絞め。 …食事の用意なし と 白米への洗剤混入。 …お小遣いなし。 無理解、無関心。 …などなど それら行為に関して、それを虐待と呼び、 その気持ちを理解することは出来ても、していいことではないこと。 一つ一つに対して見逃されるものでないことを、毅然と言う。 父親の態度は、落ち着かず、口ごもり、そわそわ。

私「お父さん、文面を読まれていかがですか?」「首を絞めた とか、尋常ではないですよね?」

父親「………」

仕方ない。 彼が用意した要望書を彼の口から発言させるか。 はたして、彼が書いた、『家に戻るに当たっての要望書』を受け入れるだろうか… 要望書には、 自分への食事の用意をすること、勝手に部屋に入ってこないこと、 小遣いを与えられること、無視をしないこと、 家族からの暴力をやめること などが書かれていたが、 その文面からは、家族への憎しみというよりは、 愛情に枯渇している気持ちが見て取れた。 これをどこまで認めさすことができるか…だが。

と、思案しているうちに、父親がしぶしぶ話し始めた…

父親「…まあ…」「…どうしてそういうことになっちゃったんでしょうかねぇ…」

私「…はっ ?」

父親「…私も、知らなかったもんで… 」

私 「…えっ ?」

み… みとめた ? ? …! ! ! 虐待の事実を認めた ? ?

虐待(3)