本当の意味で、話し合いができてる人たちがどれほどいるだろう。 人の意見にきちんと向き合い、批判ではなく自己発言できる、 対等な話し合いができる人たちがどれほどいるのだろう。

話し合いのテーブルに着くということは、同じテーブル、つ まり同じ土俵の上にみんなが立つということが前提。 その前提がなければ、対等に話をし合う関係などできはしない。 ある程度、リーダー次第ってとこもあるが、意見の自由と尊重が保たれず、 馴れ合い、押し付けがまだまだある。 質問や意見を言うと、はぐらかされたり丸め込まれたり、時には逆ギレされたり。 通じないばかりか、こちらが悪いと言いたげに、正論や前例を持ち出す。 そんなんばっかりだ。

話し合いにならないと仕方なく、こちらが席を立とうとすれば、 我侭だの非協力的だの、訳の解らない事を言ってくる。 うんざりだ。 う~ん、損得が絡めば、誰もが躍起になって食い下がるんでしょうが、特に自治会や ボランティアなどの責任の所在がはっきりしない所は、曖昧な協調がまかり通る。 要するに、「みんな仲良く」の履き違え。

しかし、この世の中、まだまだ威圧的な人が牛耳ったり、権力を笠に 理不尽を押し通す輩は多い。 なので、そういう輩を相手にするのが怖いと感じて従ってしまう方々は、 口に出せなくても、出来るだけでいいので、 おかしいものはおかしい と感じることだけは辞めないで下さい。

そして、そういう輩は、私のようなバカが相手をしますので、心の中でいいので、 賛同してやってくださいな。 そう感じれる自分を肯定し始めること、それが、自己表現の一歩です。