橋本大阪市長の発言が賑わってますね。 彼の発言が善いか悪いかはさて置き、彼の発言に異論・議論が起きたときの彼の対応が興味深い。 彼の遣り口として、異論・議論に対してずいぶんと攻撃的な発言で畳み掛けるね。 その戦う姿に力強いリーダー像を描く支持者も多いのだろうが、何故あれほど敵が多くなるのだろうね。そこが興味深いんだよね。 はっきり物を言えば、たいがい周りはなんやかや言うし、言われて何ぼの立場でもあるだろうから、発言内容がどうだからではないんだよね。

彼の、その、喧嘩腰的な口調で相手を負かそうとするところが相手の怒りを買うんだろうね。いつも勝とうとしてるみたい。 従軍慰安婦発言でも、囲み取材の記者に激怒し、囲み自体を辞めると言い出した。これじゃあ記者はなんも言えなくなる。でも、三日後には囲み続行と、戻したけどね。 喧嘩越し的物言いは、戦うファイターそのまんま、勝利至上主義の弁護士らしい。 でも、彼、すごく怒ってるんだよね。

それって、彼の中に潜む怒りの臭いがするんだよね。 境遇なのかずっと以前から持つ、理不尽や無理解への怒りとお見受けするのですが、多くの場面で映し出される正義の味方的な熱弁の奥に、許せない怒りの塊を感じてしまう。 それが彼のエネルギーの原動力だとしたら、日本の未来を預けて大丈夫かしら…とね。

ひきかえ前都知事の石原さん。最近はめっきり鋭さが減ったね。彼の暴君ぶりをご存知の方も多いだろうが、彼の男尊女卑やワンマンな振る舞いは、橋本さんが「喧嘩越し」なら、石原さんは「頭ごなし」といったところだろうか。 他を一喝する力強さにリーダーとしての期待を抱いていた人は多いだろう。

橋本さんと違うところは、内面に、自分に対する無理解への怒りやコンプレックスは限りなく少ないとお見受けするところだろうか。 多分これ、生い立ちの違いなのかと推測。裕福だった石原家の一員としては、それこそ理不尽を通すほどの立ち位置だったのではないかな。 それゆえの上から目線。力での制圧容認。

どちらも力強いことに代わりはないが、内面に潜むものには逆の臭い。力強いリーダーシップを求める今の日本では、モチベーションの源の違いはあれど、必要とされるんだろうねぇ… 個人的に言わせていただければ、橋本さんの中に見受けられる怒りが、昇華されたあかつきの政治手腕を見てみたいな。でも、そしたらバランス崩れるからどうかしらね。

単なる私個人的な、二人の政治家に対する見方ですから、悪しからず。