またしても、いじめの話し合いに同席。本人と親御さんの依頼で、学校側と加害者達親子を交えての話し合い。

学校、、案の定、がっかり。本音トーク、突っ込んだもの言いなどあるはずはなく、上っ面の何言ってるのか分からないような言葉の羅列で頭痛くなる。加害者に謝罪させ二度としません、と言わせても、全く伝わってこない。

話し合いをしようってのに、どうして言わせないんだろうなといつも思うのは、ほんとうのこと。それを口に出せ言い合えたら、それは既にいじめでなくなる。特にいじめる方の子らの言い分。それが聞けるかどうかで、いじめの解決はかなり進む。

でもそれを引き出すのに大事なのは、善悪を度外視した聞く姿勢。だから教師には難しい。行為を裁きその背景にあるものを理解しようとするとき、ジャッジの立場は「ヤバいことしちゃった子」の口を閉ざさす。

本音で本気で話させなければ、いじめの行為がなくなっても、気まずさやよそよそしさの空気の中でしこりは残り、結局は教室に居づらくなってしまう。そのためには、いじめが発覚したならばそのとき、何度でも正直に話させること。

今回もね、途中から口を挟み続けた私は、やっぱり教師陣には白い目で見られ嫌われ者。だけどさ、それを口に出すことなくして話し合いなんてあり得ないでしょ。

いじめは、やる方が悪い。だけどその解決には、いじめられた子が本気で守られた(特に親から)という実感が持てることと、いじめる子の背景にある気持ちが理解されること。この両方なくしてその子らの心の解放はない。そして学校におけるいじめの中でその教師に対する信頼がなければ、そこで関わる全ての子らは気の毒だ。