生き苦しさの原因は、自己不一致です。 社会に適応できないからでもなく、他人に迎合できないからでもありません。 自分に適応できていない、自己不一致な状態だからです。

人はどうしても、他人と関わりあって生きています。 関われば、それを感じる感じ方に違いが生まれ、比較が生まれます。 嫉妬、妬み、僻み、自惚れ、傲慢などなどが生まれ、 欲望が芽生えたり執着が生まれたりします。 自然な、当たり前な、人間の心理です。 こうして人はみな、生身の人間だったということを自覚していきたいところ なんですが、そう簡単にいかないところがこれまた人間でもある。 つまり自分の感じるものが、人とおんなじ、並み、普通の幅に入りきれていないんじゃないかって思っちゃうみたいなんだよね。

みんな同じ筈はない、みんな違っていいと思っているのに、自分だけは弾かれ外されてしまうんじゃないかって不安になるんだよね。 そこに苦しむ。 うん、それは妥当ですね。 それ故に頑張ったり我慢したり、社会に適応しようと、他人に迎合しようと必死になる。 人間同士の関わりというものを意識するので、みなさん、実際そうしてますものね。

でもね、そうして自分を見失い、疲れていく。 だって、自分の適応範囲から外れていくもん。 自分の考えてること、思ってること、感じてることを、世間の一般概念に押し込めようとするので、しっくりこず違和感を持ち落ち着かない。 自己不一致、自分不適応状態となる。 社会に適応し、他人に迎合していけばいくほど、生き苦しくなる。 苦しむ、もがく。 そして諦めきれず、改めて考えだす。 どうしたらいいかもう一度考えだす。 ここが人間のすごいとこ。

ようやく、感じていることと考えていることを改めて同じ土俵の上で吟味してみる。 自分を振り返り、見つめだす。 この流れ、どこをとっても無駄はない。 自分に不一致の状態になり、不一致に苦しまずして一致には導かれない。 そして、自己一致ならずして真の落ち着きは得られない。 とどのつまり・・ 人間は天使でもなければ悪魔でもない。 天使を目指して頑張っても、天使になりきれない自分を知り、 自分の中の悪魔に恐れる。 悪魔を排除しようと、もがけばもがくほど追いかけてくる。 天使とはなんぞや? 悪魔って、なんだ?

悩め、悩め、ちゃんと向き合え。 そしてようやく、 人間を知り、自分に納得する。 自己一致できる。 正体見たり、ただの人。 今のあなたはどの位置ですか?