生き辛さとは、窮屈な服を着ているようなもの。 そもそも服を着ていることすら気づいていなかったり、 その服が窮屈だとか、動きにくいとか、着心地が悪いとか、 全く気づかずに過ごしているようなもの。 気づいてしまえば、ぬいだり着替えたり自分仕様に合わせるだけなんだけど、 この気づきがなければ始まれない。

自分が、きつい、ダブダブ、と感じなければ始まれない。 まあ、自分が感じないのならそのまんまでいいのだけれど、 合わない服を着ている以上、行動に何らかの支障が出てくる。

例えば、少し動いただけで息苦しかったり汗びっしょりになったり、 原因がわからずなんか変だなと思う、 これが生き辛さのカラクリ。 この、気づきを促していくのがカウンセリングなんですが、 服の着心地より見栄えを気にしていると解りにくいし感じれません。

人からどう見られるのかが気になっているうちは、着心地がどうかなんて 気にしていられませんから。 服しか見ていない、服についての批評に過ぎないのですが、 それがとっても重要だと着心地が悪くてもそんなもんだという事になってしまい、 服に合わせて振舞うようになってしまうのです。 服の評価が自分の評価となり、着心地が悪くても 感じないように振舞い続けて生きるようになります。

合わない服を着ていると、または、服を着ていること自体に居心地が悪いと、 しっくりしません。 何かが変だという感覚は残ります。 どんな人でも、自分にしか解らない、自分でしか感じようのない感覚です。 いつでも自分に合わせて、 今日は作業着、今日は勝負服、と、意識的に着替えられたら楽になれますよ。