今生の世界、その鍵を握るのは、どうやら「意識」のようです。 生まれた当初、無意識だった自分は、 その環境や出来事により色々と意識される。 それは如何様にも変動し、その意味を正確に知れるごとに、 その人らしさとして覚醒する。 それが生きる醍醐味な気がします。

生まれてから死ぬまで、私たちの時間は過去から未来へ向かう法則にありますが、 その感じ方に優劣はなく、しかしその長さの感じ方は、その人により 同じではありません。 例えば、面白いと感じる時間は短く、詰まらないと感じる時間は長い。 不慮の事故などに出会い、ぶつかる瞬間の時間は、コマ送りのように 鮮明に記憶されます。

その、面白いとか詰まらないとか、或いは怖いとか感じるのが意識であり、 その意識は、更に、時間の長さを動かすトリックさえも出来る。 そう、意識が時間を牛耳っているというか、自分の人生の時計を 動かしているのです。

つまり、過去に、何か引っかかっていたり気になっていたりするものがあると、 時間がそこで止まっているように感じるというか、今を生きながら 過去に縛られているように感じてしまいます。 その時間の中に、まだ昇華しきれない、覚醒したい無意識があるのです。 意識がそれを知りたがっている。

引っかかるもの気になるものというのは、登場人物を変えながらも、 同じ内容として自分に繰り返し経験させます。無意識を覚醒さすまで繰り返し、その意味に気づくとようやく過去となれるのです。

人生って、言ってみれば自分が納得できる時間を過ごせたかどうか。 それは、自分として生きれる時間の中で、どれだけのことをするか ではなく、 いつ自分に気づくか、目覚めるか だと思う。 そう、自分に起こるすべての事象が、ただ自分が覚醒するために起きている。 自分の存在確認のため、意識も時間も、あるのでしょう。