自己否定には意味がある。だから、したいだけすればいい。 自己否定には、強い力があります。 それだけで自分のエネルギーを一旦止められ、 自分以外を円く収める効力があります。 そうする為の苦肉の策?そうまでしたい何かが存在しています。 自己否定や自分責め、自己処罰に苦しむことで、 もう誰にも責められたくないという意地が見えます。 自分が自分を裁くことで、誰にも攻められる余地を与えない、 苦肉の防衛壁です。

つまり自己処罰や自分の心や身体を傷つけること、或いは病気になることで、自分の奥から溢れ出る感情や感覚、意識をそらし、平衡を保とうとします。 自分を苦しめることで、人に伝えたいことや得たいものをアピールします。 または、自己否定することで、欲求を押さえます。 でもどれも、すり替えです。 もしも自分が悪くないなどと考えようものなら、そこから湧きあがる感情の凄さ、自分の怒りの大きさに打ち震え、そういう自分の凄さに恐怖を感じてしまいます。

まるで自分が悪魔になってしまうような、ひとりぼっちになってしまうような、そんな恐怖感を抑えるのに、まさしく自己否定は有効です。 誰にも迷惑をかけない究極の抗議であり、究極のファンタジー、自己陶酔がそこにあります。

自己否定には、人の為ではなく自分の為の訳があります。 自己否定をしてまでも守りたい自分の何か、自分の事情、 自分の主張が隠れています。 自分を否定するのって、訳もなくしませんからね。 好む好まないはともかく、確かに意味があります。 気の済むまでやることもよし、そして、知りたくなるまで、思う存分味わって下さい。 否定が済んだら、見えてきます。