予期せず妊娠したからといって、結婚し、子供を生むことが責任だろうか? 中途半端な気持ちなのに、責任取って結婚して、幸せになれるだろうか? 気持ちを偽り、誤魔化して、相手も子供も幸せに出来るだろうか? 私は、それが、本当に責任ある行動には思えない。 望まない妊娠なら、謝罪し許しを請う。 殴られるかもしれないし、慰謝料の請求があるかもしれないが、 正直に、真摯に関わる。十字架を背負って生きる。 それが責任の取り方だと思う。自分の正直な気持ちに責任持てなければ、相手への責任など果たせる訳はない。

また、どーしょーもない自分勝手な人に惚れちゃったとする。 いつも自分が振り回されながらも、好きでしょうがないから、自分の意に沿わない 行動も取るし、相手の理不尽さも許してしまう。 好きだからとはいえ、自分のやっていることが、自分の意に沿った行動でないので 楽じゃあない、それに引き換え相手は自分中心なのでイラつく。 自分を誤魔化してるから、最悪の気分にもなる。 でも、別の意味で居心地のよさを失いたくないから、辞められない。

自己責任を負うなら、そういう自分に観念するしかなく、しかし、自分が不自由なのも 込みこみの話、それを意識するほど辛くても仕方ない。 まあ、自分に責任を持つか持たないかは、その人の生き方ですので、どちらでも 構わないのですが、自分に責任を持ってみると、相手の無責任さがよく見えてくるし、 それを自分がどう感じるかがちゃんとわかってきます。 自分が本当にしあわせかどうかが解ってくるし、しあわせになりたいのか、 どうしたいのかが自分に突きつけられてきます。

無責任な相手に関わりたくなくなるかもしれないし、 相手の分まで責任を持ちながら生きようと、決意するかもしれません。 いずれにせよ、今の自分にとって何が大事かが解り、自己選択ができます。 自分を誤魔化したり、人のせいにしていては納得感は得られません。 自分に責任を持つということは、すごいことでも何でもない。 自分の気持ちに素直になること、正直になることです。 それでなけりゃ責任など持てはしません。

例えば、言いたいことを言いたければ、言う。 でも言いたくても言えなければ、言わない自分で構わない。 言えるようになろうと目指そうとしない。 今のまんまの自分に許可を与える。 それが自分に責任持ってやるということですよ。 恋人にも、子供にも、親にも、そして自分にも、今のまんまでいい。 今の自分に責任もって、ぶつかってみたり、我慢してみたり、苦しんだらいい。 執着して、やり尽くした先に、更に素の自分が見えてきます。

私は、自分が自分を偽ることに違和感を覚える。 自分を誤魔化そうとすると、居心地が最悪に感じる、 だから正直にならざるを得ない。 かっこつけでもなく、そうでしか生きられない。 当然、責任はついてくる、持つことになる。 持ちたくなくてもついてくる。 でもその方が、まし。 結果がどうあれ、そうでなけりゃ、納得できないしね。

だから責任を持つには、尚更、自分が出来ないことや、したくないことは極力しない。 その方が自分も、遠慮なく楽しめるから。 自分の本性に責任もってみて、その醜さ、美しさに心から打ち震えるときもある。 ああ、生きてるな  ってね。