自由を掴むには責任が伴う。 ・・何度も申し上げていることです。 しかしそれは、他人に迷惑をかけてはいけない とか 他人を傷つけてはいけない ということではありません。 いえ、迷惑かけていい とか傷つけていいと言いたいのではありません。 例え結果そうなっても、それが予測されても、自分の勝手を承知で、 その自分の気持ちに責任を取ってやるということです。

ですから、他人への迷惑や犠牲があればそれなりの対応や謝罪、償いもする。 或いは、バックレてもいい。 そしたら周囲から干されるかも知れない、 それ、込み込みで、オール覚悟・オールOKという姿勢が必要となります。 要するに、自分の尻拭いは自分でしろ というだけのことです。 自由から責任を外せば、ただの自己中・わがまま、 しかしその責任というヤツは外からあまりわかりにくいもの。

だから、外からどう見られるかが気になっているうちは、やはり、自由を手中に収めるのは難しいでしょうね。 言い換えれば、善人を辞める覚悟とも言えるでしょう。 人間、どうしても欲しいものは、少なくとも手に入れたいと思うものです。 その時に、どこまで自分の勝手を許せるか、自分の気持ちに正直になれるか。 もし、外野のことが気になったり、いい人でいたければ、多少不自由であっても、それが今の自己納得なのかも知れないですね。 自由が不自由より勝っている という訳ではありません。 肝心なのは、今の自分が落ちるけるのはどちらか、それを理解した上で自分が選べることです。