世間の中での判断基準

価値のあるなしとは、世間の中での判断基準に照らし合わせた比較に過ぎない
ゆえに価値を得るには、世間の中からはみ出ることや、世間を批判してはならず
世間の中で頑張り続け、世間から認められなければならない
また頑張り続けなければ、その価値を維持することもできないのです。

この場合の価値への対価とは、他人からの賞賛や地位や収入などだろうが、そのバランスが崩れた時、今まで保っていた我慢は一気に崩れ落ちてしまう。

そもそも、価値を世間に求めているのだもの、当たり前のこと
それで自分の価値を満たそうなんてことをするからだ。

価値なんてものは、本来あってないようなもの。
敢えて言うならば、価値とは、世間から認められることではなく、自分の喜び、ワクワク感が積み重ねられることで感じられる『愛おしい想い』のことなのではないだろか。

あなたの持つ家や身に付けるアクセサリーやバッグには価値がありますか?
高価なものだとか、羨ましがられることで価値があるのですか?

あなたはあなたの子供に価値を感じていますか?あなたの子供が勉強ができるとか、スポーツに秀でているとか、美人だとか、そんな比較の眼差しで見ていませんか?

思い出のアクセサリー、心のこもったプレゼントのバッグ、家族の歴史の詰まった家、そして何より愛おしい子供。それは他人には分からない、他人からはどうでもいい唯一無二の、あなたにとっての価値ある想いそのものかどうかです。