子殺しのニュースがある度に思う。 事情はともかく、究極的に、自分がどうしても子供を育てられなければ、子供は手放したらいいと思う。 子殺しはオカシイ、心中もオカシイ。 また、例えば泣く泣く売春をしてまでも子育てをすることが親の役目とも思わない。

もし、子供のことを本当に思うのなら、親自身が先ず生きれることを考え、先ず自分を立て直すことを考え、その為に子供と一緒にいられないのなら、その事実を真剣に引き受けることだ。 究極の、究極の選択として、どうしても育てられなければ、子供から離れて、そして子供にキチンと恨まれる事だと私は思う。

子供が不憫だと思うのは親の傲慢だ。 一緒にいられることが子供のためと思うのは、自分の保身だ。 境遇は子供に責任はない。 だからこそ先ず親が生きれるようになってから、子供に謝罪するなり、一生恨まれるなりする方が、子供は自分の境遇を事実として受け止め、自分のこととして人生を選択できる。 親の事情を、親の生き方をちゃんと理解できる。

子供に被けて、子供に逃げて、子供に依存して、自分の弱さをすり替えないで下さい。 子供を手放すなんて とか、子供を捨てるなんてと世間は言う。 当たり前ですよ、私もそう思います、けれども私は、子供を手放す人が弱いとは更々思わないし、子供を抱えて極限状態で耐える人を強いとも思わない。 子供への養育責任を背負うより、十字架を背負う覚悟の方がよっぽどすごい。 ほんとの事情なんて他人には解らない、 だったら、先ずは自分が生きることのために思案すること、 そこから始めることだと思う。 世のため、子のため、親のためなど、どうも胡散臭いな、全ては自分のため、そこから考え行動し、責任を持つ。