怖い、淋しい、怒る、これらの感情は人が自分らしくいられるにあたって大切な感情です。あなたはご自分の感情についてどうお考えですか?怖いというのは、ゴキブリが出た、雷が怖い、蜂が近づいてきた、ノストラダムスの大予言が怖い、人混み、集団が怖い、そして人そのものが怖い…などなど、人から見たら「え、そんなことが?」とか「わ、はずかし!」など思われることも多いし、仕事だったらそんなこと論外と言われてしまいますね。

しかし、怖いまんまでいることって気が休まる暇もなく、生きた心地がしないのも事実。そんな方々のなかにはトラウマ的な要素もあり、なんらかの感情の抑圧があった方も見受けられます。それを基にして言うならば、安心して自分らしくいられなかった生育暦、環境下で優先されるものは、自分の感情や気持ちのままいられることではなく、いつでも「どうすればいいか」にあります。

以前にも書いていることと思いますが、例えばトラックにぶつかりそうな瞬間、自分の感情は止まり、その状況をどう乗り切るかどう回避するかに全神経が注がれます。そしてそのひとコマひとコマは、まるでテレビドラマのワンシーンのようにスローモーションで記憶の中に取り込まれる。つまり感じる暇もないほど怖いとき、人はその感情を味わったり出したりするより、その対応に追われる。咄嗟に避けたり回避することに集中する。そして恐ろしさに耐え難いとき全てがフリーズし、その時が過ぎるのを待つのみとなる。

だから、助かったーと思った瞬間に怖さを実感し、思わず声を出して泣き出したり、心臓のドキドキを感じたり、生きてることを実感する。「あー怖かった」「びーっくりした」というような気持ちは、怖ければ怖いほど、振り子が鳴り止むように、そして確実に鳴り止むまで続く。フラッシュバックという現象はこれにも当たります。

繰り返します。人は怖さが尋常でないとき、感情よりも思考100パーセントでそれに臨みます。勝負などもそうかもしれませんが、怖いなど感じていたらもうすでに負けなんですよね。怖い自分を見せたら、怖い自分のままでいたら負け。そんな自分では強くなれないので、怖い感情など捨てるように抑圧するのです。

でも、そんな日々が続いたら、もう素の自分など分からないし、いつでも緊張と不安が入り混じりながら、怖さを押さえつけ何とかやり過ごすだけの毎日。ビクビク、オドオド、そんな緊張と不安を押さえつけながらでは仕事などできるようになっていける筈もない。そしてこうなってしまうと勝負に勝つなんてことも無理だろうし、人間関係を築くなんてもっての他。

こんな状態の方はうちのお客さんの中にも多いのですが、この恐怖心は現在進行形なんですね。ということは、未だに感情ではなく思考重視で、なんとかその場を乗り切ることしか考えていない。頭では怖い怖いと思っていても、感じているのとは違っているようです。そうです、怖いという感情を感じることを、未だに許していない。怖くちゃいけない、怖くなんかない、と思おうと必死なのですよね。怖いという感情のみならず、自分の感情を許さず流れずして始まれるものは何ひとつありません。仕事も人間関係も、或いは何をみても湧きあがる感動などはないでしょう。

この世に産み落とされ、ひとりで生きて行くのは誰でもが怖いものです。それを早い段階でしかも極度に味わってしまった方にとって、生きるのが辛いだけなのも頷けます。しかし、『怖いのだもの助けてもらおうお互い様』これがあなたたち家庭では得られなかったこの世のルールなのですよ。今回は、「怖い」という感情に拘ってみませたが、「怒る」「淋しい」という感情も同じこと。要するに感情を取り戻し自分の中で流せる(まわせる)こと。留まって固まってしまったものは、あなたにとって大事だからこそ、そこを動かずにいるんじゃないでしょうかね。