カウンセリングをしていて思うこと。 自分が自分の事を、カッコワルイとかキチガイとかキモイとか思ったりなど、自分に対する自己否定が強いうちは、なかなか自分を見つめるとか過去を振り返ることがはかどらない。 そういう自分に対する自己否定感が少しづつ緩和されてこなければ、自分と対峙することはなかなかできない。

そもそも自分の事を、カッコワルイ、キチガイ、キモイと思われているんじゃないかという疑惑、或いは実際に言われ続けると、そこから逃れるために自分を封印し他人から好まれる自分を演じる。 そして、その疑惑があるうちはその疑惑の思考から考え行動する。 それだもの自己否定しかなく、というより自己否定の縛りで、その下の本来の土台を封じ込んでしまう。 「オレがカッコワルイからフラれたんだ…」 「ワタシがキモイから仲間に入れてもらえないんだ…」とね。 「だから、もっと堂々としなきゃ…」 「だから、もっと明るく振舞おう…」とね。

しかしその疑惑からの思考ということは、その時点で、その言動は本来の自分自身の思考ではなく、『本来の思考』の土台の上に作られた『恐怖の思考』の土台からの発信ということになる。 従ってそこから発信される言動は、本来の土台を完璧に見張った、安心感など全くない恐怖と不安だけが渦巻いた世界だ。

先ずはこのカラクリをきちんと自分のこととして理解することが先決。 カウンセリングとは、自分の事をカッコワルイとかキチガイとかキモイとか、そういう自分を変えることではなく、ただ認めるだけではなく、恐怖の土台の奥に控えている素の自分の声を聴き素の自分を引っ張り出すことなのである。