私は自分の興味のないことはほとんどしない。 苦痛な時間より、長い退屈を遥かに好む。 退屈と言っても、ボーっとしている時間が、私にとっては 大いに意味があると思っているからです。

でも、ひとたび気になることが生じると、全神経を使って そのことに時間が費やされる。 好む好まないの事柄に関わらず、とにかく納得できるまで、 ひたすら気にして考え感じまくる。 とにかく、自分の気が済むまで、しつこい性分ですし そうしていたいんですね。 そして自分がピンと来さえすれば、嘘のように気が済む、終る。 兎に角、自己納得って、私にとってはもの凄く大事なこと。

これ、みんなそうじゃありません? 何をやっても、結局向かう先は自分の中にある落ち着きどころでしょう。 ちょっとの誤差であろうと、大した違いじゃなかろが五十歩百歩であろうと、 自分に嵌(はま)れば気が済むが、そうでなければ延々と続く。 他人は誤魔化せても、どうしても自分は誤魔化せない。 だから他人は関係ない。 自分がどれだけ納得できるか、 そういう意味において人生は不公平ではない。

さて、明日もどう生きるか試されている、自分にね。 成功も満足も、本当に終われるのは、自分の納得したとき。 我慢の連続じゃムリだね。 まして親や誰かの説得じゃあ、論外だね。