世間的ネームバリューって、そんなに大事なのかなあ・・・ 政治家と歌舞伎の世界って世襲が多いじゃないですか。 素質や能力の差は勿論ありますが、そこそこなれちゃいますよね、 なるだけなら、必要なものは素質より環境なんですかねえ。

多くの場合、地位を手に入れたところで、実際、その先発揮するのは、慣れ? それから、要領のよさ? 真の能力とは別のところで売れたり、有名になったり、 そんなもんなんですかねえ。 全部とはいいませんが、そういうの、多いと思いませんか?

ある政治家が言ってましたね。 政治家として大きくなるには、献金などの集金能力のあるなしだと。 それと政治力とは別物なんだと。 うーん、それでいいんですかねえ・・ 世間って、大学や、企業や、家庭や、その環境の中に入ってしまえば、 そのネームバリュー、大義名分があれば、絵に描いたような幸せが 待っているとでも思っているんでしょうかね。 幸せになれると信じて、頑張って肩書きを手に入れるのかしら。

私の言うことと、寂聴さんの言うことでは、寂聴さんに納得するの? そりゃおかしい、誰が言っても、自分が、うんそうそう、わかるって、 心底納得できる、自分の中から、そうだよね、って思えなければ、不自然ですよ。 世の中よ~く見渡して下さい。 実際、肩書きがあれば、学歴があれば、資格があれば、大抵の人は信用します。 特に、ペーパー試験が大部分を占めるこの社会では、ちょっと頭がいいと、 その人の言うことを鵜呑みにしてしまう。

公共職員とか専門用語とか使われると、つい信用してしまう、 だから詐欺はなくならない。 エリートって、世間を意識し、優劣が強くて評価が気になるマニュアルバカのことかしら? その世界で、上にいける能力のある人のことかしら?

ネームバリューに惑わされないで下さい。 相手を見極めるには、自分の眼を信じられるかどうかですよ。 自分の眼を養うこと、自分にあるネームバリューに対する色眼鏡を 出来るだけ外す事ですよ。

大人になる、親になる、社会人になる、それがなんなんだ?