人間の価値、言い換えて、自分の価値。あなたはそれが気になりますか?カウンセリングのお客さんの中には、自分の価値はない、低いとおっしゃる方は多いです。自尊心が低いですから、そう思ってしまうのは妥当ですけどもね。

価値とはなんぞやの問答はさておき、価値のある・なしが気になるということは、それに一喜一憂します。グラッときたらもうアウト、自己否定・自己卑下と共に価値ある方向を目指そうと躍起になってしまいます。その思考、おかしいでしょ?って言われても、自分でも分かっていても辞められないのは、もう自動的にその反応が自分のなかに染み付いてしまっているからであり、それを改善していくのは、体質改善と同じように時間が掛かかる。

ところで、自分に価値がないと思ったとして、大概の人は先ず、それを上げるために勉強やスポーツで秀でようと頑張り、学歴やキャリアを高め、資格取得に励もうとするでしょう。でもそれがなかなか報われないとき、自分の性格改善を図る。明るく元気に振る舞い、人を気遣い優先し、信頼される人を目指す。自分の価値を感じたければこれも妥当なこと。ところが実は、これがアウト。

なぜならば、順位や稼ぎなど、自分でも分かりやすく上位だと感じる優越感や、自信から得られる価値と違い、自分の価値は人次第となっていることにあります。成績も振るわない出来ない自分、弱い自分、暗い自分、そんな自分に自信など持てるはずはないので、自分を下げ他人に喜ばれることをするようになる。これでは自分の主体性などなく、知らぬ間に他人の隙間に入り込んでいく。これが究極の癒着という人依存症(ひといぞんしょう)です。

当然ながら人依存の人にはアディクションのページにあるようなほかの嗜癖もあります。そして神経症や対人恐怖にもなるでしょう。言い換えれば、神経症や対人恐怖、それからなどの方がたにも、この人依存の体質は潜んでいます。なかなか気づきにくいことではありますが、やはり人間は、自立しないと心からせいせいと生きられないようですよ。

そう、依存の反対側が自立です。人依存については改めて書いていきますね。