人を思いやるには、先ず思いやりがどういうものかを、自分で体感することです。 例えば、大勢の中でひとり盛り上がれない人がいても、盛り上がらせようと 誘導することが、思いやりとは限りません。 その人が、励まされたり勇気付けられることを望まなければ、それは 思いやりにはなりません。 その人が、ほっといてほしければ、ほっとけるほうが思いやりに当たります。

そうです。思いやりとは、その人の気持ちを認め、尊重できること。 励ましや勇気付けなどいらない。まして、代行してあげることでもない。 盛り上がれないということに、評価やダメ意識、劣意識がなければ、必要以上に 反応はしないもの。 その人の問題として、その状態を認めてあげるだけでいいのです。

思いやりを知るには、先ず自分を思いやってみること。 自分を大切にでき、自分の気持ちに添えることの安心感を知っている人は、 相手の気持ちをいじりません。 物事や状態を、善悪や優劣の目で見ないので、出来るだけ、そおっとしておけるのです。