親から興味・関心を持たれなかった子供は、自分の気持ち・感情に対しても興味と関心を持つことを放棄する。寂しいとか、悲しいとか、嫌だとか、悔しいとか…たいがいは不満とかが多いけど、次第に喜怒哀楽全般に及んでいく。だって、持ってたら、感じていたら、やってられないもんね…。それは相当早いうちに出来上がると推測。おそらく生後2歳にはできあがる。そしてその後は、たったひとりでやっていくことになる。その、「ひとりで」とは、ひたすら心を閉ざし、なるべくトラブルに巻き込まれないように、人と関わりを持たずに過ごすだけ。

自分が生きてていいという基盤がないので、ひとりでも学んだり覚えたり試みたりする主体性はなく、だから、なんにも知らず、なんにも解らないまんま。何ひとつ身につかず、頭の中はいっつもパニック。自分の心に鍵かけて、その鍵壊して捨てちゃったようなものだから、自分の気持ちが分からない。人間関係は怖くて、人とスムーズに関われない。そうなると、やっぱり1人がいい…ってなってしまう。

だからといってそれで済まないのが人間の性(さが)。どこかに隠れている、どうしようもなく人恋しく必要とされたい自分が、自分の人間としての価値を捜し求める。結局、枯渇した自分を埋める欲求に沿い、怖いながも他人の隙間に近づいてしまう。これが癒着の始まりであり、こうして人依存がつくられる。この状態、世間一般からは、甘えてるとか弱いとか、我がままと見られる。

…でも、本質は違うんです。主体性とか主観がなく、一体それをどうしたら持てるのかが分からないのですから。…さて、どうするか

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