パートナーを選ぶ際に、多くの人は、優しさや思いやりの気持ちを大事にするでしょうが、 それが本領発揮される最もわかりやすいのものに、セックスがあります。 セックスは、相手との間にある安心感が奏でるリラックスの極み、 愛おしさから生まれる自然な結びつきの行為です。 なんか、気取った言い方になっちゃいましたね。 相手への思いやり、即ちそれは、相手の喜びを自分の喜びとできるかですし、 セックスの極みは、そういう者同士ならではの、無防備な脱力感の中で感じれる 最高の心地良さです。

セックスは互いの本能が結びついた結果のデキゴト… な~んて当然なんですが、 むき出しの本能だけで相手の心をゲットできる訳はない。 いくら口で上手いことを言っていても、いざセックスとなったら自分勝手、 自分さえ良ければ相手がどうであっても構わないといった心がけのエゴイストに、 奥深い本能が揺さぶられるでしょうか。 オスの本能をさらけ出しつつ、痛くないか苦しくないかと気配りし、 自分と同じように相手も喜ばそうとするなら、 当然相手とセックスについての会話が生まれる。

そして、この人は私の嫌がることは絶対にしない、自分を大切にされていると 感知できたとき、本能はビブラートし、そういう相手にこそ 自分の性を心から任せられるのです。 それがお互いであってこそ、男として女としての極上の快感も味わえるのでしょう。 自分だけの気持ちよさ、コンドームを付けない、相手にピルを飲ます、 そんな男に、女としての喜びを感じさすことができるでしょうか。

逆もしかり、勝手な要求だけでは、そんな女に本気なオスの本能など発動しっこありません。 パートナーとして、男女の番(つが)いとして仲むつまじく過ごすには先ず、 自分の性を受け入れることです。 男として、女として、自分が幸福になりたい と自認すること。

その上で、
1、自分を愛せること
2、同じだけ相手を愛せること

この二つが同時進行せずしてパートナー成立は無い。 余談ともなりますが、 自分の解放は、自分の性の解放でもあります。 自分の嗜癖、性癖に苦しむ方々は、自分のそれらを「恥」だと思ってらっしゃいます。 それは、その方々のそれらが、人一倍偏りがあるからなのでしょうが、 実はそこから「恥」を取り去ったときに残るもの、 それが、「恥じらい」であり、 それが他人にはない「魅力」なのだということを、よく覚えておいて下さいね。 そうそう、だから、オカマであることを自認され、 カミングアウトされた方々が魅力的に見えるのも、頷けますね。