そういえば幼稚園時代、私は引きこもっていた。 家の裏に保育園があって、覚えているのは、嫌々やった主役と 、家のカーテンに隠れていた自分。 すぐ裏に位置する保育園から見つからないようにそうしていたのだと思う。

何故行きたくなかったのか・・保育園では先生に叱られないおとなしい子、 そういう自分が窮屈だったのだと思う。 注意や叱られる友達を見ていて、先生がイヤだった。 しかし何故か小学校から中学卒業までは無遅刻無欠席だった。 勉強は嫌い。楽しめる会話を友人とした記憶はない。 私は私の世界の中で生きていた。

中学のある授業で、次の発表者を指名するルールがあった。 そこで必ず私を指名する人がいた。 一度も話した事がないクラスメイト。 しかし私の中ではいつも同じ匂いを感じていた。 たまに感じる同じ匂い、しかし私はあえて言葉で会話しようとはしなかった。 言語の対話では雑な気がしてたから。

私は自分の感性に、より忠実だった。 それ故か、あまり後悔はない(失敗はあります)。 何故なら、その時はそうしたかったんだろうと思えたから。 後付けの理屈や言い訳で終わりにしたくない、それも雑すぎて落ち着かないから。

例えば、フラれたとき、とことん寂しくて仕方なかった。 だから泣き喚き暴れたりもした。出 口のない暗闇?だったけど、そうしてたら何かが変化していった。 理屈や言い訳してもひたすら寂しさは消えないことを知っていたからね。

みんな、自分の中に、自分の世界を持っている。 感じる、感じあう。それは誰にも邪魔されない、精神の自由な交流の世界です。 私にはそれが一番信じられ、面白いことだった。