約束は守ろう~ なんてことを言いたいのでは、全くなくてね、 『自分に即した約束で、自分を守れ』 と言いたいのです。 例えば、明日のお見合いに出席する という設定。 自分の気持ちがイヤイヤ、或いは曖昧なまま、親の言うとおりに、或いは世話人への義理の為に出席した場合、自分の気持ちは更に憂鬱になったりイライラが募ったり、当然、したくないお見合いなので上手いこといく訳がない。 (奇跡的に、ひょうたんからコマ っていうこともありますけどね。)

その場しのぎの約束は、自分への後悔と、親や周りの人に向けての不満や憤りをも増幅させます。 例えそうするしか、約束してお見合いするしかなかったとしても、誰もその責任を負ってはくれず、全て自分に跳ね返ってきてしまう。 だって、約束したの、自分だものね。 誰も自分を守ってはくれません。

結局、自分の曖昧な約束は自分を振り回すことになってしまいます。 安易な約束はするなと言いたいのではありません。 そんなこと、百も承知ですからね。 約束を守ろうとすることが、自分を更に窮地に追い込んでしまうってことです。 高圧的だったり、脅迫的だったり、そういう人を相手にした時、自分を抑えて、自分を曲げた約束をしてしまうことはあります。 怖いし、自分さえ我慢すればと思ったりしてしまう。 しかし、例え約束を最後まで果たしても、次の約束が待っています。 約束という縛りに追いかけられてしまいます。

約束を守れば、遣り通せば楽になれる、終ればご褒美が貰える・・・ そんな取り引きに合理性はありません。 そういう、脅しの縛りから逃れ自分を守るには、責任ある約束をすることです。 怯えの怖さから身を守るために、責任ある約束をするのです。 責任ある約束とは、自分の意思にそぐわないことは約束しないということ、やりたくないと表明すること。 相手から感じる威圧の恐怖から逃れる為に約束してしまうのではなく、果たせない約束を行使することの怖さから自分を守るのです。

そのための意思表明であり、その意思が自分の後ろ盾となり、誰にも文句を言わせないことに繋がるのです。 また、出来ないことに直面したときには、『やらない』と表明したことが 自分の責任を果たすこととなります。 自分の意思が、毅然と自分を守ってくれることになるのです。 約束というものは、自分の責任を負うため、 そして、自分を守るためにするもんだと思う。 どうです?