自由に生きている人というのは、自分の選んだ経験・体験で物事を味わっているので、 愚痴や言い訳が出にくいものです。 先ずやらされているという言い訳がないので、批判があるとすれば全部自分、 そうすると自分が嫌な想いをしないように考えるようになる。だからといって、 自分が辞めたければいつでも辞める。 要は自分の気持ちに任せられ、それに善悪がないのです。

悔しさは味わうほど真剣にならざるを得ないので、成果は上がってきやすい、 そうすると、その時の喜び・妙味が格別になります。 こんなシンプルな事が解らないのは、いかに世間の大人が自由な自分の選択で行動 してきていないか、自由の境地を味わっていないかということなんでしょうね。 失敗や挫折の心配ばかりを気にして体験という経験を避けてばかりでは、なんにも 見えてこないばかりか自立なんてできっこない。

だからみんなで手を繋いで、出来るだけおんなじことして励ましあい、ちょっと変わった事 する人を排除したがるようになる。 皆で大学行って皆で資格を取って、同じ方向向いていれば、誰かが何とかしてくれると、 まだ本気で思ってんのかな? 皆と同じなら何でも構わないのかな?

一人一人が自由に生きようと思ったら、家族であっても意見や考えの違いが出てくる のは当たり前。 親はどこまで子供を手放す事ができるかだし、その前に自分が精神的な自立をして いないと、子供に頼ったりもたれかかり、期待、不安を押し付けてしまいます。

自由な家族というのは、バラバラになっていくのではなく単体として自立している 集団です。 だから、親の自由度が低く精神的に自立していないと、どうしても子供に負担がかかり、 感受性の強い子供ほどAC度が高まるのです。 自由度の低い人ほど失敗を恐れるので、その子供は親の狭い価値観を 押し付けられてしまうのです。

ちょっと世間のお母さん達を見てください。 自分はパートで働きながら、子供の為家族の為だと愚痴をこぼしている人、 いるじゃないですか。 子供に多大な期待をかけ高学歴を好み、権力に弱い人、沢山いるじゃないですか。 明らかに周りを意識し、比較しながら上を目指していますが、それは構わないのですが、 自分はさておき子供にそれを強いるのは、おかしいでしょう。 自分の生き方に生きがいを感じられている、そういう人は子供の生き方も尊重 しやすいでしょうが、そうでないとその分、押し付けたり寄りかかったりしてきます。

お分かりのように、自分自身に対する見方が、他人への見方に繋がります。 自分の価値観が狭いと、他人の見方の枠も狭くなります。 失敗を恐れて世間並みに納まるか、失敗を繰り返しても自己納得の人生を歩むか、 どちらにも優劣はないのですが、自己納得の人生でこそこの世のカラクリがわかってきて、 生きている事が面白くなります。

なんやかんや言っても、世の中、確実に拡がっています。 自由はあなたの手の内、世間を甘くするも厳しくするも、どうするも自分次第です。 それから、親の意見をはね返し親から自立していこうとするのは、我儘でも自己中でも ありません。むしろ、優しいです。 先ずはあなたが親から自立し、親を手放してやって下さい。 手放す事がどれだけすごいことかを、親自身の体験で味あわせてあげて下さい。