わからない時と引っかかる時、この2つの時に人はストップする。 わからない時、例えば読書。 読んでいてわからない箇所には止まってしまう。 難しい字だったり、表現だったり、単純に理解不能で止まる場合がある。 でも、本の場合、多くはその部分がわからなくてそこをすっ飛ばしても、 わかるところだけを読んでいけば、文章など同じことの繰り返しなので、 おおよそでその作者に迫ることは可能です。 これ速読の秘訣でもアリ。

それでもわからない本は、その人にとって読む必要などあるのだろうか。 それを二度三度読んだところでわかってこないでしょうからね。 本などは特に、目で追っていっても興味のあるところでは、不思議と止まる。 目次を見ていてもそうじゃないかな。

講演などを聞いているときもそう。 よくわからない話、理解できない話なら、当然止まる。 ピンとくる所、興味がある所は、入ってきますからね。 つまり、文章でも話でもストップする時というのは、 自分がわからないから止まるのですよね。 こういう場合には、難しく考える必要などなく、自分に必要なければ読まない、 解ろうとせずそのまま進め、飛ばしてよし、です!

さて、もう1つのストップ、なにか引っかかるとき。 上記で、興味があれば不思議と止まるとも書きましたが、 自らが気になって止まるときがある。 興味があるものに出会えて止まる場合と、 なんだか気になってその言葉が引っかかる場合がある。 文章でも会話でも同じ。 その時にはわからなくても、妙にいつまでも忘れられないことがある。

また、忘れても同じようなものに出くわした時に、また引っかかる。 つまりこの場合は、その引っかかりをどうにかしない限り続くのです。 

ちょっとここで理解力について少し。 何年も前のテレビで島田紳助さんの「クイズ ヘキサゴン」という番組によく出ていた、 里田まいさん、スザンヌさん、木下優樹菜さん、 上地雄輔さん、野久保直樹さん、つるの剛士さんなど、 どう見ても理解力がなく、おバカと呼ばれているのだけれど、 彼、彼女達を教育する必要など何もないですよね。 理解できないところは、自分で質問してますし 思い込みで進んでしまうところもありますけど、 必要ならどこかで引っかかる。 そして、彼らに卑下がないので個性として扱われる。 芸能人だからではなくて、だから芸能人になれたのです。 ま、それを個性と見出せる紳助さんあっての人気とも言えますが。

また、確か、上地雄輔さんが芸能界に入ったのは、高校で野球をやっていた当時、 その高校に明石家さんまさんがやって来た時に、 「おまえ、おもろいから芸能界に入ったら」と言われたのが引っかかったとか。 で、その時に上地さんがさんまさんに、いつか缶コーヒーをご馳走する と言ったことが 引っかかっていて、先日やっと思いが遂げられたというような話を聞きました。

結局、 自分が引っかかったことこそ大事だということです。 それをどうするか、自分次第。 そしてここでも、出会いというか理解者の存在はありましたね。

さて、どちらのストップにも言えること。 ストップした自分を信じること。 自分の感覚は正しい、と。 書き手に媚びない、 話し手に謙らない。 わからないところは、飛ばす、関心のあるところだけ入れる。 引っかかるところは立ち止まる。 これ、自分を知る秘訣。 理解者を呼び込む秘訣でもあります。