一年前くらいから更年期的症状を感じ始めた。 動悸、めまい、肩こり、冷え、のぼせ、頭痛、関節痛 …  しんどい。 初めは何のことやら解らず、内科を受診。 そこでは、 「全身的な症状はあるが、重篤な疾患の可能性は少ない」 と言われ 不安は減ったが、処方もなく何にも腑に落ちなかった。 後になってから、何故あの医者は更年期を疑わなかったのか、腹が立った。

病院を受診してよく思うのだけど、最近の医者は、自分の見解を言わない。 余計なことを言って、医者の責任を問われたくないのだろうが、私にしてみれば、 それが一番聞きたいところ。 今回も、「先生の見解はいかがですか?」と尋ねたのだけれど、 「うちでできる検査は、血液検査とレントゲンと…」 などとはぐらかされた。

暫くして更年期だと自覚、私の更年期との付き合いが始まる。 半年程した辺りで、しんどさの限界を感じて、別の病院を受診、 ホルモン療法の説明を受ける。 一度は楽になりたい一身で承諾したものの、やはり釈然としない何かを感じ、 その治療を拒否した。 西洋医学的考えでは、加齢と共に減少したエストロゲンを補充すればいいとの ことだが、老化という自然現象に伴う痛みや不快感を避けるのは、 自分の中で、何か、気がひけた。

「やればいいのに…」と医者には言われた。 医者の意見も最もだが、兎に角、これが老化だと受け入れる決断をした。 といってもしんどさが減った訳でなし、 今でも毎日、一時間もマッサージをし続けてくれる夫には頭が下がる。 民間薬では、『命の母A』がまあまあな感じの私だったが、その後、 漢方薬と出会うこととなった。 薬剤師兼百姓と言うその方の話には無理がなく、道理が合っていて、 私達夫婦の生き方に合った。 その風貌はひょうひょうとしていて、商売っ気もなく、そこがまた信頼できた。

人の生き方は千差万別ですが、その瞬間や節目での選択には、その人の その時の優先度が現れます。 そしてそこでの出会いには、お互いに共通する何かがある。 例えば今回の私の例でいうと、病院を経由していきながら漢方薬と巡り合う。 西洋医学的考えを再考し、自分達の生き方と照らし合わせているうちに 東洋医学的なものに出会い、通じるものを感じ、取り入れている。 どちらが良い悪いではなく、今 『自分にとって用がある人』 と関わり、 今 『必要なもの』 を使っているに過ぎない。

それにしても、恐るべし更年期。 でもそのお陰で、 半世紀使ってきた身体の点検と、私達夫婦の生き方の再確認ができた。 無理なく自然でシンプルに、不安な時はそれなりにビクビクしながら、相談しながら 流れてみようと思います。