人間、嫌なものには反応しますね。 戸惑ったり、二の足を踏んだり、当然楽しく感じないもの。 だから、自分に合ったものを見つけたければ、 先ずは、気が向かないものを、どこまでもやらずにいてみること、 とことん自分の反応を優先してみることです。

嫌なものを辞めていったら何も残らないと思ってしまう人は、 今まで、いかに自分がやりたくないものをしていたかということですね。 また、やりたい事しかやらないと、我儘だと言われそうですが、 それは既成概念に囚われた言い訳に過ぎません。 「気が向かない」と自覚されることは、自分への告白であり、意思表明です。 そしてそれに従うには、自分に正直になるしかない。

例えば、やりたくないから「もう少し待って下さい」とか、 やりたくないから「代わりにやって下さい」と言う。 相手から「ダメ」と言われ、 「仕方がない、やってみる」となるなら、それはその人の意思です。 相手がなんと言おうと頑固に貫くもよしだし、 もし相手が「わかりました」となれば、交渉成立ともなる。 つまり、「しなければならない」と思いがちな人は、 自分の意思の所在が解らなくなります。

例えば、「自分が~したいんだ」とか、「自分は~したくないんだ」という、 自分自身の気持ち、意思が語れませんので、当然、責任も負えません。 これではやりたい事が何かなど見つかる筈はありません。 楽しいことを見つけるには、 楽しく感じないものから逃げずに正直になること、 嫌なら嫌だとしっかり感じてみること、 つまり、それまでの世間体や既成概念を一度ぶち壊す必要がでてくるのです。

どのような状況にも優劣や不幸などありません。 支配したい者と支配されたい者が噛み合えばギブ&テイク。 どう感じるのかは自分の主観のみ。 自分が幸せだと感じるなら幸せだろうし、不幸だと感じるなら不幸でしょう。 そして変えられるのは自分の意識しかありません。

さて、人間万事 塞翁が馬(じんかんばんじ さいおうがうま) ・・人間の吉凶・禍福は変転し予測できないということ。 福は禍となり禍は福となる、世間とはそういうものだということ。 世の中には、今の状況が、選択の余地などない方もいらっしゃると思います。 だから頑張るのでしょう。 しかし、自由を掴む入り口は、 やはり既成概念を取り払い、自分の意識の内側に入っていくことでしかありません。 そして、誰でも、教わるより自己体験が一番です。