お客さんと話していると、「そう、そういうことなんですよ!」とか 「うん、その通り!」という言葉がよく出る。 特に、他のカウンセリング経験や通院経験の多い方ほど、強く言われる。 これって、対話の、つまりカウンセリングの入り口なんですね。

どういうことかというと、気持ちや感覚が通じた証というか、 この人には伝わった・解ってもらえた!という安堵感、腑に落ちたような、 しっくりくるものを体感した瞬間なんですね。 初めて解ってもらえた伝わった喜びは安堵感を生みますが、それより、 「そう、そう!」「そういうこと!」というように、自分がしっくりくる感じ、 感覚を掴んだ瞬間を体感したということが、何より大事なんです。

そして、この腑に落ち感が、自分の心の奥方向をナビする アンテナの役目となります。 だから、先ず、この始めの、「そうなんですよ!」という体感が味わえないと、 逆にカウンセラーに解ってもらおうと説明に終始したり、自分を責めたり 又はカウンセリングを辞めてしまうことにもなってしまいます。

カウンセリングに見える多くの方は、感受性の強い、敏感で繊細な 感性の持ち主の方が多いのですが、例えば、その感受性の深さを、 ちょっとおかしいですが数字で表したとして、 感受性の深さが5メートルの方は、50メートルの方の深さを感じ切れない。 50メートルの深さの持ち主は、その50メートルの底が支点となって 揺さぶられるので、その思いを正確に解るには、 それ相当の深さがある相手が必要となります。 海底からの叫びを波打ち際で聞こうと思っても、所詮無理なのとおんなじです。

つまり、 カウンセラー側にその深さがないと、相手の気持ちの機微まで感じられない ということにもなります。 これは、カウンセラーに必要とされる資質ですが、 深ければ相手のことが解るかというと、そういう訳ではない。 カウンセラーに世間の善悪や規制、優劣の差別意識が入れば、 方向を規制されてしまうし止まってしまいます。 カウンセラーに恐怖心がほんの僅かでもあれば、それも、そもそも無理なことです。

また、カテゴリーに分類して回復を目指すようじゃあ、 ひとりひとりの心の機微など見えません。 医者にそこまで求めるのは無理ということもお分かりと思いますが、 カウンセラーなら論外ですね。 カウンセリングは、感受性というか感性というか、気持ち、 総称して心についた規制とか縛りを解放して自然に戻していくことです。 自然に戻るということは、症状などが必然的に消失していくのは当たり前のこと、 つまり必要がなくなれば症状は消失方向へ向かいます。

世間ありきから、先ずは自分ありきにシフトチェンジしていくことであり、 自由を獲得していくことです。 敏感で繊細な方々の多くは、その目盛りの細かさ故に、 自分を理解されたことが極めて少ないでしょう。 敏感なので、いつもこれでいいのだろうかと思案され、思慮も深いでしょう。 また、相手を慮ったり、お世話してしまうことが多いと、 自分は置いてきぼりにされるので、気づいた時には生き辛いとなる。 過酷な境遇や理不尽な環境下では、自分を諦め、望まず、妥協し、 周囲に対し気をフル回転する縁の下の力持ちだったことでしょう。

他人の為に酷使してきたその繊細な気を、 そろそろ自分の為に使われることをお薦めします。 繊細な心の機微が伝わるカウンセラーの基では、 先ずは安堵感をもたらし、しだいに自分が顔を上げ始めます。 いかなる規制もない対話によってしか、自分発見はできません。 カウンセリングは、過去の生き辛さの謎を解く、謎解きです。 必ず全てに説明がつきますし、心からの納得をもたらすものです。 純粋で真剣な、ただただ人間同士の対話です。 気づきを促し腑に落ちる感覚、それがカウンセリングであり、 その感覚があなたの人生の羅針盤となるでしょう。 妥協せず、諦めず、心が揺さぶられるカウンセリングを、人生を選んでください。