適材適所のコラボ

いつだったか、くりぃむしちゅー司会のテレビ番組「スター★ドラフト会議」のなかで、オリジナルの粘土細工の作品が紹介されたときのこと。 可愛らしいキャラクターと独自性の高い作品に皆が絶賛していたとき、出演者のマツコデラックスがその作者に、 「あんたもっと腹黒くならなきゃダメよ~」と言ったコメントに対してテリー伊藤が、 「だから(腹黒くないから)作れるんですよ~」と言った。

すかさずマツコ、 「そうね、分ければ(作る人と売る人を)いいのね。」と言われた。 そうそう、それでいいのよね…! 作品を作る能力とそれを売る能力を分ける。つまり、芸術家と商売人は違うということ。 各々の能力は適材適所にて生かされる、餅は餅屋。 それがコラボされることで大きな力になることができる。 1人で何でもできる人もいるけれどね、何でも1人でやろうとしなくても、餅は餅屋に任せればいい。 それが共存なのだろう。

そう、 「お世話になります。」 「お互い様。」 さて、自分に何ができるか…? その方向の目安になるものは、ズバリ! ワクワクするものでしかないですよ!

可能性を掴みたければ、頑張るな!

努力が好きだったり、努力している自分が誇らしければ問題などありません。 好きなものだから頑張るのは当然でしょう。 しかし、いつかいつかと夢を見てひたすら頑張っても、現実はついてきません。 頑張ることを辞められないのは、不安だからでしょうか? ダメな自分を認めたくないからでしょうか? それは間違いです、認めるべきものは、頑張るから自分がダメになるということです。 ムリを続けているから不安なままなのです。

いいですか、努力しても出来ないものは諦めてください。 諦めるということは、自分の成功への道はそこにないということを理解するということです。 頑張らなかったら何も見つからないとお考えのあなた、やる努力ではなく、辞める決断です。 頑張らない決断です。 自分の可能性を掴みたければ、頑張り続けている現況が苦しいということを認めることです。

努力も勇気も要りません、ただただ自分に正直になることです。 とにかく頑張って続けるのではなく、気持ちや興味が沸くまで動かないことです。心から楽しめないものは中断することです。周りの声を無視することです。 自分のやりたいこと、心が踊るものとの出会いは、イヤイヤの中からは生まれません。 自分の興味を感じるアンテナの感度を高めるには、イヤなものに慣れないことです。 わかっちゃいるけど辞められない? それでは一度、エネルギーが枯渇するまで頑張り続けてみて下さい。

興味や必要があれば、エネルギーは自然に流れる

みんな、自分のエネルギーの使い方はそれぞれ。 例えば、息子が大学生のとき、バイトを3つ掛け持ちしながら、寝ずに遊んでいた。昼夜の区別なく好きに動き回っていた。 当時、娘は高校生で、毎日バイトの情報誌を眺めながら、ぐうたらしていた。 お金がなくても、何もしないことのほうがいいらしい。

息子を引き止めても無理なように、娘に活動を促しても効果はない。 どちらにも優劣はない。 世間にはいろんな人がいる。 困っている人を見れば、助けたがる人もいる。 そういう人は、自分が役に立ちたい相手を探しているものです。

人間、自分の興味や必要性があるほうへ動き出す。 意識する方向にエネルギーが流れ出す。 興味や必要性がないのに動けば、不自然な動きになる。 自然な流れの中では、頑張らなくても、さほど苦労しなくても、 成果があったり、楽しめる。 成功の秘訣であり、自己納得の方向です。

行動を起こすもと

息子はビビリである。 それはみんな知っているし、本人も大いに自覚アリ、 それでいて行動的なのでいつも周りを巻き込み騒がしい。

不思議な感じですが、彼を見ていて思うのは、 どうやら気が小さくてビビリなことと、行動とは別のようである。 興味のある事は必ず飛びつく、やりたいからやる、それだけ。 だけどビビリなのでじたばたする、自分を表現しているに過ぎない。

そう、実は誰でも、やりたいと思うもの欲しいと思うものほどシンプルに飛びつく。 そういうとき、ビビろうが、ジタバタしようが問題とならない。 行動を起こすもとは、シンプルに、自分がやりたいかどうか、 興味があるかどうか、それだけ。

しかし、その内容やビビリな自分に裁きが入るとストップがかかりやすくなってしまう。 それが気になるとスムーズに行動を起こしにくくなってしまう。

もう一度いいます。 言ってみる事、やってみる事、それらは本来、ただの自己満足で大いに結構。 ビビリならビビったまま、或いは、慎重にやればいい。 そういう自分に裁きなど、必要なことではないのです。

道理に気づくと不思議に色々見えてくる

以前テレビで、野球のイチローさんがこんなことを言っていた。 「飛んできたボールを捕る場合、普通は、球をよく見てしっかりと捕れるように 練習していくでしょう。しかし、いつでも必ず捕れる訳ではない、何かのアクシデントや、 見ていられない事って絶対にある。必ず見て捕ろうとするより、僕はどちらかというと 見ないでも捕れるような訓練をするんです。」というような内容だった。

イチローさんもおっしゃるように、いつでも完璧に捕る事ってできないのです。 目を離してしまったり見ていられないことがある、彼はそういう道理を知っている。 だからその為に、どうしようかと考えていったら、そういう練習方法になったということ。 不自然な観念から抜け出れば、自然な道理が見えてくるということです。

例えば、こういうことです。 気になってしまうことを、気にしないように努力することは不自然。 ふと気になることには必ず理由がある。 その理由を無視して気にならない自分になろうとしても無理。 要するに、気にしない という安易な考えは不自然であり、 それでは解決しないということに気づくこと。それを認め、自然に考えること。

するとそこから先が見えてくる、始まれるということです。 例えば、どうしても気になってしまう相手に平静を装うのは不自然です。 眠いのに起きていたり、眠くないのに寝ようとするのは不自然です。 辛いのを我慢したり、期待に応える為に頑張ったら、苦しくなるのは当然です。 それに気づくと、現状につじつまが合います、今の自分が腑に落ちます。 この世の中、道理に合えば、自然であれば、納得ができます。