私の夫は、小さいときから自分の感情を表に出してこなかった。 それが当たり前すぎて、そうしていることにも気付かずに、 生きてる実感が掴めず、苦しんできました。 それは、一族の一員として、 その役割を担ってきた姿でしかなく、 夫に限らず、夫の一族達は、 誰もがそれを暗黙の了解としていた。 勿論、いうまでもなく、今も 一族達は皆、一族の一員としての自分を 何の疑いもなく生きている。

それが、夫は私と会ったその瞬間から、自分の感情をぶつけてきた。 本人も、訳がわからないうちに、 でも当たり前のように感情をぶつけてきた。 今まで、抑えるのが当たり前だった感情を どういう訳か、その瞬間から出せていた。 無意識にも、私には大丈夫、という 絶対的安心感があったからだという。

でも、夫は言う 。 私に対して出せたって、世間の人にはそうはいかない。 今まで出せないでいた、出してこなかったものを はい、もういいですよ と言われたって、 そう簡単に出しきれるもんじゃない。 だって怖くてたまらないんだ  とさ。

出してくしかない と解っていても、 今まで出せないでいた悔しさと、 今さら出すもんかという意地があって、 素直になりきれるもんじゃあない  ってね。 まあ、その通りだ。 それじゃあ、そのまんま死ね  と私は言う。 おお、死んでやる。 夫はフランダースの犬に出てくるネロなんだ  とさ。

2人の間では、ケンカ、家出は日常茶飯事。 家出は、早く出たもん勝ち。 感情の激しさでは誰にも負けない私と 互角に渡り合おうなんて百年早いわ。 こんな人がよくもこれまで、 自分の感情をおさえこんで来れたもんだ。(2010年記)