親と居ることの無間地獄

伝わらない・認識されない苦しみ

引きこもってる3年間は無間地獄だった。母という人間、父という人間、彼らと一緒の空間にいるだけで無間に苦しさが沸いてきた。

それは自分という存在が伝わらない苦しみ。もがいてももがいても底なし沼から出られないような、吸っても吸っても窒息してしまう気体の中にいるかのような苦しさ。まるで鳥かごの中に閉じ込められ、そこから出られないような感覚でパニックを起こしそうになる。

幼少の頃から蓄積されたマグマのような怒りが、一番身近に居たであろう2人の人間に1mmも伝わらないという現実の手応えは、無間地獄という言葉がピッタリだ。

今なら、「彼らと一緒に居るままその地獄から抜け出すことは不可能だった」と確信できる。一緒に居る中で、自分という存在が伝わらない・認識されないという現象が実際に目の前で起こり続けるのだから。それを自分が体験し続けるのだから。

誰かに「そのままでいいんですよ、変わろうとしなくて大丈夫ですよ」という類の言葉を与えてもらったり、自分なりにもがいてはいたが、親と一緒の生活では限界があった。

“彼ら”という存在そのものが、「僕が認識されない世界」を現実にさせる。

あの無間地獄の生活・世界に、僕はもう二度と戻るつもりはない。

たつろう