鬱(うつ)とは何か

森の中にあるベンチの写真

我慢と頑張りの爆発

鬱とは、自分以外のものに過度に順応しようとするあまりストレスがかかり、その重みに耐えかねたときに起きる心身の異常です。例えば、協調性や円満解決ありきの思考、または失敗が許されない環境下では、自分の気持ちが抹消された慢性的なストレス状態が続きます。すると自分そのものに付加がかかり、その重圧に耐え切れずプッツンしてしまうという、人間なら誰もがなり得る頑張り病なのです。

鬱になられる人の多くは、生真面目で頑張り屋さんです。協調性があり輪を乱すことを恐れます。また逆に言えば、協調性が無く我が道を行く的な人を嫌い、正論や道徳を大変重視されます。それはつまり、自分の気持ちや感情を抑える習慣が身についている、裏を返せば自分の気持ちや感情に対しては薄情であり、それよりも他人の気持ちや正しいことに従うことを優先しています。

鬱の苦しみ

自転車のある風景の写真

無価値な自分

鬱の苦しみ、それは頑張れない自分を責め、自己を否定し続ける迷路に嵌ってしまうことであり、頑張れない自分に価値を見出せなくなってしまうことにあります。鬱とは「自分が不一致な状態」、つまり優劣感や善悪感に縛られた「~ねばならない自分」が、本来の「~したい自分」を押し殺してしまうことにあります。

鬱病と投薬

見晴らしの良いベンチの写真

現状復帰より自己一致

身体に不調をきたし、心療内科へ行って、鬱と診断され投薬されたとします。投薬によって身体的症状は落ち着きます。ドキドキしたり震えていたり眠れないなどの症状は、投薬で随分と緩和されるでしょう。しかし鬱は、心や気持ちの苦しさが溢れ出し身体的症状として表れているものなので、投薬により安定を保つことができても、根本的な解決にはなりません。

医者から鬱の説明をされ、鬱の理解ができても、肝心の心や気持ちに対してどこがどういう風になってしまったか、その人にあわせた説明やピンとくるような腑に落ちる感覚を味わえなければ、落ち着いてはきません。いつまでたっても、もやもや感が消えず根本解決には至れないでしょう。

根本から解決するには

草原の中にある木の写真

思考の下に隠されている自分を探せ

鬱の消失には、それまでの人生をじっくりと振り返り、その鬱になった原因と理由に心から納得し腑に落とすことが必要です。鬱は、自分らしさが後天的に歪んでしまった生き癖のようなものなので、その癖がどういうのもので、もともとの自分がどういう人間なのか、それを知らずして鬱の消失はあり得ませんし、逆にそれを知ることで鬱の消失、鬱を完治することはできるのです。

先ず大切なのは、思考より感情。今まで思考の下に隠されていた自分の感情・気持ちに焦点を当て、本当の自分がどう思いどう感じていたのかを紐解き、あるがままの自分に安心感を持てること。ありのままの自分に価値を見出せることにあります。ひたすら頑張る自分から、頑張りたいときに頑張り、頑張りたくないときには頑張らないでいられる自分、そう、自尊心のあるあなたを手に入れることで鬱の開放は得られるのです。